心優しき狼犬「シベリアンハスキー」のルーツ、歴史

シベリアンハスキーについて勉強すればするほど、魅力が分かってきました。

一緒に暮らすととても楽しいだろうなとも思います。

 強面に似合わず、とっても陽気で楽天家です。ちょっとトボけた所がキュートな犬種です。一見、狼にとても近い風貌で、とてもかっこいい感じがハスキー好きには魅力があるのかもしれないです。

今日は、ハスキーのルーツや歴史についてお話したいと思います。

シベリアンハスキーのルーツ

その名の通り、寒い国であるロシア・シベリア地方が原産です。

祖先はスピッツと推定されていて、確かに言われてみれば、ふかふかの毛皮が似ています。とても良く似た容姿で、ひとまわり以上、大きなアラスカン・マラミュートとは近い親戚です。

どちらも、他の犬種に比べて狼に近いことは、外見だけでなく、近年のDNA分析を基にした研究で解明されています。

長い間、シベリアンハスキーと共に暮らしてきたのは、シベリア北東部に住むチュクチ族でした。

シベリア地帯やアラスカ半島を訪れた探検家や、毛皮交易を行う北米商人らが、チュクチ族を含めてエスキモーのことを「ハスキー」と呼んでいました。

チュクチ族の使役犬として、重用されていたので同様にハスキーと呼ばれるようになったという説や、遠吠えの声がしわがれている(husky)から、ハスキーと呼ばれるようになった、といった説もあります。

チュクチ族から「シベリアン・チュチース」と呼ばれていたハスキーたちは、彼らのソリ犬であり、猟犬、そして財産でもありました。極北の限定された土地で長い時間をかけて繁殖・交配されるうちに、一つの犬種として確立されたもの、と考えられています。寒さに強く、力持ち、人や他の犬との共存性が高いことが重要な条件となり、選択交配されてきたのです。

 

シベリアンハスキーの歴史

昔も今も、ドッグレースや犬ゾリレースで活躍しています。認知度が上がったのは、20世紀になってから、アラスカに住んでいたアメリカ人たちが聞きつけてからです。

1909年、アラスカの犬ゾリレースに初めて登場、ハスキーたちの実力を認めたラムゼー氏によって輸入され、1910年以降、10年にも渡って、ハスキーたちの犬ゾリは多くのレースで勝利を勝ち取りました。

最も有名な逸話は、1925年、アラスカ、ノーム市でジフテリアが大流行。天候も最悪で、人間では血清と薬を運ぶことが不可能でした。

猛吹雪と、氷点下50度にもなる酷寒の中、ハスキー達が牽引する犬ゾリは、なんと!500km以上の長距離をリレーしながら走り抜き、病に苦しむノーム市民の元へ、血清と薬を届けました。その名誉犬「バルト」が、ニューヨーク市のセントラルパークに銅像を建立され、シベリアンハスキーが大いに認知されることになりました。

その働きと性格の良さ、親しみやすさが評判となり、カナダ、アメリカへ輸入されることとなったのです。

1930年には、アメリカケンネルクラブに登録されると、ドッグショーにも出場、狼に似たその精悍な容姿で人気を集めることになりました。

北極・南極探検にも同行し、第二次世界大戦では、アメリカ軍に帯同し、北方の探索犬、または救助犬としても活躍したのです。

日本では、漫画「動物のお医者さん」や、映画「南極物語」の大ヒットで知名度が急上昇!バブルの追い風もあり、飼育者が激増、ハスキー犬ブームを引き起こし、社会現象となりました。

しかし、運動量が非常に多く、抜け毛が多い(ダブルコートなので半端ない量が抜ける!)、しつけが大変、などの理由から、大変残念ながら、飼育放棄が相次ぐ、といった状況に陥りました。

この状況に心痛めた愛好家たちによって、飼育方法についての情報発信が行われ、ブームが下火になった現在は一定の人気に落ち着いています。